© 2019 by Gentaro Ishizuka

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朝起きると、昨晩たき火した跡が、真っ黒く地面に残されているのが、とても異様に見 える。それは荒野に残されたブラックホールのようでもある。黒は、すべての色に勝る配色であるといった印象派の画家はだれだっけ? 一枚、自然に残されたそのたき火の跡を写真に撮ったのち、地面を掘り起こして土をかぶせ、自分の残した形跡をなるべく消す。けれどそれらは、消しきれるものでは決してない。

ゆで卵とチョコレートだけの朝食を素早くとって、歩いて湾の入り口の様子を偵察しに いく事にする。満潮の12時まではまだ時間があるために、湾内に注ぎ込む水の流れはとても早い。未だカヤックで航行できるレベルでは決してない。選択肢はふたつ。満潮の時間まで待ち、流れが弱まるそのタイミングで素早くカヤックを通過させるか、もしくはカヤックを担ぎ陸路で湾内に侵入するかである。

安全なのは、陸路であろう。けれどカヤックそのものと、撮影機材を含めた重量は、2 5キロはくだらない。道なき道をカヤックを背負って湾内への道を探すのは、考えただけでも手間である。けれどたとえ満潮時であれ、どうもあの狭く氷塊がひしめき合う湾の入り口の水路を通っていくというアイデアに、僕は馴染めない。それに満潮時には、通路に残された氷塊が、最大浮力を得て動き出すという可能性もある。苦労してでも、カヤックを担いで、陸路でマックブリッジ湾へ入っていく事が得策であるに違いない。

テントに戻り、停泊させているカヤックを素早く解体する。船布を船体から取り除いて たたむ。アルミポールの骨組みになった船体を折りたたみ、リュックの中にいれていく。 一体なんだろう。この乗り物はしかし。こんな遠くまで、僕を今日まで乗せて来たというのに、今ではリュックにしまわれて、僕に背負われてしまっているのだから。氷河の撮影には本当に欠かせないものである。

時々ぼくは思う。ゴムボートではだめだったのだろうかと。さぞかしそんな旅は楽ちん であったろう。呆れるほどに海をパドルで引っ掻く必要も全然なし。釣り人の多いアラスカの港では、ゴムボート自体は中古で安いものを探すのは難しくない。エンジンも1500ドルくらい出せば程度のよいYAMAHAのものを買えるはずである。

けれど、ゴムボートで僕は、今まで撮影して来たような氷河の写真が撮れただろうか? 粘り強くこの氷河というモチーフとつきあえただろうか? 答えはきっとノーだ。それら は、カヤックのアプローチでしか撮れないものばかりであったはずである。そのスピー ド、その乗り物のアングル、その乗り物が持つ独自の物語性。電車で眺める景色と、車 で見つめる景色が違うように。自転車でのみ追いかける景色があるように。歩いているときにしか気づかぬものがあるように。乗り物が異様に発達した現代において、視線とは交通のことそのものでもあるだろう。

それにしても、とカヤックを背負いながらつぶやく。やはり、氷河という超大なモチー フにカヤックなどで近づいていくこの撮影行為は、落ちぶれた田舎騎士、ドンキホーテ以外の何者でもない。背負われたカヤックは、ロバのロシナンテであり、僕の手には、みえない槍が握られているに違いないのだ。そしてその見えない槍が、なんだか僕を心丈夫にさせていて、妄想の中で、僕は果敢にも幾多の戦士たちとの勇敢な戦いを挑み続けているのだ。が、相手はただの風車であるというような。

だから、とにかくあの全き蒼さに対峙して、己の眼を醒せようではあるまいか。その大 自然の深部に眠る蒼さを封じ込めて、かつてゴールドラッシュ時のスタンパーがポケットを砂金でいっぱいにしたように、ほくそ笑んで帰路につこうではあるまいか。僕は、そしてつぶやくのだ。その大自然は全部、僕の頭の想像から飛び出てしまったものなのだぞ。と。精神は緩やかに目の前の自然たちと結びつき、そこではどんなことだって起こりうるのだ。どんなことだって、と。

てくてくとカヤックを背負いながら、なかなかに湾内に繋がる道は、見つからない。道 なき道を行く事の大変さを身にしみて感じてしまう。背負われたロシナンテは、やはり重い。既成のトレイルや、人の歩いた道を歩き慣れた僕たちは、ジョン・ミュイアーのように誰も歩いた事のない場所を、獣のように歩いていく事の苦労を決して知る事はない。トレイルルート、ゴアテックスに、ファイバーグラス、いつもいつも遠く隔たれるように、 僕らは自然から守られているようにしてあり、そしてそのせいで、自然に対する認識を決定的に間違えていくのである。やっぱり満潮の時を待ち、緩やかにカヤックで侵入すべきであっただろうか?

自分の決断に自身が持てないまま、しばらく歩き続ける。何度も行く手を阻まれなが ら、なんとか湾内の端へ岩場伝いに通じる場所を探し当てる。あたりは、氷塊の墓場のように、大きな氷河が打ち寄せられて、そしてその先には、とうとうマックブリッジ海岸氷河の端っこが見える! 背丈以上もある氷塊の隙間を縫うように、湾の中へ入っていき、水辺でふたたびカヤックを組み立て始める。焦らずにゆっくり組み立てているつもりが、船体ポールのジョイントを組み間違えてしまっている。改めて進水する前に、氷塊とエルズ ミア艇ロシナンテの記念写真を一枚。

未だ氷壁の端の部分に蒼く光る部分は見当たらない。思ったよりも高さのあるその氷河 は壁の様子から最近に大きな崩落をした様子である。湾内には無数の氷塊が浮かんでお り、その無数の氷塊をかき分けるようにして、カヤックで航行していくのも一苦労であ る。

湾内の南側を回るように航行していくと、遠目から、マックブリッジの全体が見渡せる ようになる。高さは約10m。幅は、ざっと700mくらいであろうか。見当をつけたよ うに撮影の為には大き過ぎない「手頃」な海岸氷河であるといっていい。けれど、セスナ で視認したときのような蒼い断面はもはやどこにも見られない。なんとしたことか、この 数日たらずでその断面も瓦解してしまったようなのだ。なんたること。折角ここまできた というのに。なんと、自分は愚かなドンキホーテであろうか!

肩を文字通り落として、あたりをしばらく徘徊する。すると、湾内の中央部分になんと も大きな蒼い固まりが漂っているのが見える。もしや、氷壁から落ちた断片でありはしな いか。ひときわその断面だけが蒼く光っているように見えるのだ。今ではマックブリッジ 氷河からは切り離されているが、たしかにそこに浮かんでいる。周りの細かい氷塊をかき 分けるようにして進みながら、夢中でその蒼い氷河を目指して進んでいく。

その断片は、眼の覚めるように蒼い。遠くセスナからでもひときわ蒼く光っていたくら いである。そしてきらきらした氷の肌は、壁から崩れてしまっているのは残念であるが、 結果的にここまで近づきながら見る事ができたのは、幸運だったというべきだろうか?潮 の流れのなかで安定しないカヤックの上から、持ちうるフィルムで撮影しまくる。至近距

離にある、その蒼い肌理にカヤックの上から大判カメラでピントを合わせるのは、一苦労 である。至難の技といっていい。何枚も何枚も持参したフィルムを消費し尽くす。ファイ ンダーを覗いていると、その青い固まりに弱い光が差し込んだような気がする。

撮影が終わると、またかき分けるようにして安全な湾の陸沿いへと戻る。氷塊の間に長 いすることは禁物である。なかに閉じ込められるように流されてしまったら危険である。

その場で画像を確認できないアナログ撮影ではどんなものが撮れたかどうかは、分から ない。ただ、言える事はこれまで数年撮影してきた氷河の中でも、あの固まりはとりわけ 蒼かったと。網膜に焼き付くように蒼かったと。その蒼は、どれくらいの時間をかけて圧 縮され形成されたものなのか。とにかく自分の人生など及びもつかない時間の中で創られ たものであることは間違いがない。時間を止める写真という所作にとって、氷河はやはり 興味深いモチーフである。なぜなら、氷河とは時間そのものを保存した物体なのだから。 時間のように流れていくそれらは、海との接続面で切り離されて、初めてその蒼さをさら けだす。そして蒼さの純度の尺度は、計り得ない時間の深度としてそこにある。

カヤックを陸地でもう一度解体したあと、テント場へとまたとぼとぼ歩いて戻ってい く。行き道よりも、幾分に背負ったロシナンテも軽く感じられるような気がする。野営地 であるマイスモールテントハウスに戻ると、そのテント内で簡易暗室であるテントを組み 立てて、手探りでフィルムの処理をする。いつもテントの中でテント式の暗室を組み立て る時には、不思議な気持ちになる。3点ポールのピラミッドのようなテントの中で、また 二重室内の全暗室とは、なんだかその空間構成はエジプトの王家の墓のみたいだなと。そ して、自分はその中に手を突っ込みながら、墓荒らしでもしているかのように、イメージ を保存しているというわけだ。この暗室作業にこそ、やはり撮影をデジタルに移行できな い写真の魔術的な要素がある。絵画が指先による神懸かり的な技術の集積だとするなら ば、写真はやはりいかがわしいマジシャンのような技術である。黒いシルクハットから白 い鳩が飛び立つかどうか。その事だけが問題なのだ。

荒野での一日は今日もまたひとり、暮れていく。上空に一機セスナが飛んでいく。その エンジン音はけたたましい程にうるさい。僕の姿はパイロットたちに確認されたのだろう か?手を振りたい衝動にかられるが、そんな行為はパイロットを混乱させるだけだろう。 夕方には、また火を焼べて、ウィスキーの中で氷河の氷が音を立て始める。疲労と、ウィ スキーの酔いで、たき火の前でテントにも入らずに寝てしまう。本物のオンザロックで、 なんだか、にわか仕込みのワイルドドランカーである。腹が減って夜に眼を覚ますと、時 計は未だ10時前。ようやくあたりは、完全に真っ暗になっている。爪痕のような薄い月 を、小便をしながら空に探した。氷河湾の夜は更けゆく。