© 2019 by Gentaro Ishizuka

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外の明かりがうっすらと部屋の中を照らし始める。昨晩も横のベッドで寝ているジェー ムズのふいごのような鼾と、僕の上でねているピーターの寝返りの激しさで何度も夜中に目を覚ます。なんとも、部屋の中に充満した空気に堪えられない。ふたりのおじさんの体臭と口臭が混じりあった匂いが、地を這うように充満しているような感じ。シミだらけのシーツに自分の寝袋に入り込んで眠っていても、寝袋ごとなんだか、汚臭におかされそうである。起きるとすぐに逃げるように部屋を出て、共有キッチンでゆっくりとする。インスタン トコーヒーを淹れて、トースターでトーストを焼く。時刻は未だ6時過ぎ。キッチンには 少なくとも、夏のアラスカの朝の澄み切った空気で満たされていてほっとする。窓の外か らは、複数の鳥のさえづりが聞こえてくる。鳥はどうしてあんな小さな体でああして一生 懸命に鳴きつづけられるのであろうか?

そのうちに二段ベッドの僕の上で寝ていたピーターや、別の部屋に宿泊しているカリ フォルニアからのカップルたちが次々と起きだしてきて、キッチンに入ってくる。誰かが、キッチンに設えたラジオのスイッチを入れて朝のニュースが流す。ヘインズの今日の天気予報は曇りときどき雨。重たそうな雲が低くたれこめている。僕は、みんなと入れ替わりに部屋にもどって街へでかける準備をする。部屋では、横のベッドでねているジェームズがベッドでもそもそしながら、僕に話しかけてくる。上半身裸で寝ているジェームズの体は、全身入れ墨だらけである。漁船にのりこむ漁師なのだそうだが、なんでもこのところの不況と不漁で、乗り込む船が見つからないとのこと。このヘインズの街までながれてきたが、つてがなくては乗船する船を探すのも難しく、困っているとのこと。「ああ、俺の人生は、なんだろうなあ。金もないし、女もいない。年をとってから、こんな暮らしをするとはまさか思わなかったよ。」と。初対面の僕に、寝起きのベッドの中から、弱音を吐き始める。打ちひしがれて、ベッドから起き上がる気もしないのだと。立派な口髭を蓄えて、全身タットゥーだらけの外見と、口をついて出てくる弱気な言葉のコントラストが、なんだか余計に哀れみを誘う。でもそれにしては、あんな鼾をかいてよく眠れているけれどなあ。おじさんよ。「いいときもあれば、悪いときもあるよ」などと、僕。「そうだよな。良いときもあるよな。でもこの状況じゃあ、良いときってのもなかなか想像ができないぜえ。」

「昔のよかった時を思い出してみれば良いよ」と僕。「昔のかあ。そおだなあ。シアトルで船に乗っていた時は、よかったなあ。特に、大漁で寄港したときの、気分は最高だったなあ。あんな時の気分は、忘れられないよな。街に帰ったら、まずは、女。帰ってきた夜は、酒をのみすぎちゃあいけないよな。せがれも眠ってしまうほど、酒をのんじゃあだめだな。まずは、女をだかなくっちゃ。最初の夜は、2、3人相手にしたよな。おい。俺は、アジアンの女の子が結構好きだぜ。マイフレンド。彼女たちは、スイートだよなあ。オー、メン! オー、ガッデム、シット。男は仕事がなければだめだぜ。もう数ヶ月仕事がないんだ。日本に行けば、なんとかならないか? 日本人は、魚をよく食べるから、漁船だって多いだろ?」

日本の港もここのところ不漁らしいことを教えてあげて、なんとなく早々に部屋を後にする。一体、僕が何を言ってあげられるだろう。ジェームズ。でもまたきっと良いときがくるってもんさ。

昨日まで億劫に感じていた、街までの数キロの道も、何となく今日は、清々と感じられる。相変わらず、あたりの空は厚い雲で覆われている。四方を山に囲まれたヘインズでは、雲がいったんその山間に張り出すと、晴れ上げるのにも時間がかかるのだろうか。きっと、今日もセスナ機は飛ばないであろう。折角の遊覧飛行を、誰が曇り空で飛ぶだろうか?案の定、訪れた街の遊覧飛行事務所で、明日また来るようにあっさりと言われてしまう。けれど天気予報では、明日の午後以降で晴れてくるだろうとのこと。明日か、明後日にはフライトのチャンスがあるだろうとのことである。

今日も、また手持ち無沙汰の午後である。リュックに詰めて持ってきた洗濯ものを街のコインランドリーで洗濯する。その後、昨日と同じように図書館へ向かう。街の図書館は、ひどく居心地がよい。勉強をするように本を読んでいる人は、とても少ない。多くの人は、ソファに深々と座り込んで、本を片手にうたた寝をしているようである。本を読むという行為への意思を表示するだけで、人は外界から守られて、図書館というシェルターの中でつかの間、現実と夢の間を彷徨できるのである。 僕も、昨日の続きでアラスカの鉱山の歴史の本を、読むともなく読んでいると、いつの間にかゴールドラッシュ時代のアラスカから、ずるずると底なしの沼地のような眠りの世界へ、心地よく引きずり込まれてしまう。夜、何度も何度も、横から壊れたアコーディオンのようなの鼾と、上からの規則的な寝返りの振動で、起こされ続けているせいである。昨日は、全く同じように今日に接続しているようである。それならば昨日と同じように、今日も図書館を出たら港のバーに行って、アンバービールを飲み始めようか。こんな 小さな街で、ずっと曇天が続くようならば、僕もいっぱしの酒飲みになってしまうだろう。

港の駐車所の横にある、その名もハーバー・バーのカウンターでは、同部屋のピーターがカウンターの角を陣取って、はや飲み始めている。「ヘイ。ゲンターロ。ワッツ、アップ? セスナは、まだ飛ばないのか? この空じゃあ飛ばないよな。おい。聞いてくれよ。このおじさん。なんでも漁船の持ち主で、乗り込む漁師を探しているんだとさ。早速、俺、宿にいるジェームズに電話したんだよ。いますぐに街のバーに来い。仕事だ。仕事があるぞって。さ」

しばらくすると、よれよれのシャツにジーンズ姿のジェームズがバーにやってきて、ピーターの横に座っている恰幅のいいおじさんと何やら話し始める。どうやら本当にその場で、ジェームスの乗船が決まったようである。ふたりはうれしそうに握手する。ジェー ムスは本当にうれしそうである。勢いよく、ビールを飲み干して、もう一杯おんなじバドワイザーを注文する。こんなことってあるんだな。なんだかとてもアメリカらしい光景である。そして、ピーターが横でたばこを吹かしながらにやにや笑っている。オーストラリアの海軍にいたという彼は、なんだか不思議な旅行者である。バーには、今日も日常の景色が流れている。ピーターも、ジェームズもこの僕も流れている旅行者である。この街に生まれ育っていたならば、どんな風な大人になったろうかと想像してみる。どんな風にものを感じ考えるようになっていたのだろうか。写真を志すようなことには、ならなかったのだろうか。ならば、自分はどんな大人になっていただろう。普段からこんなにも美しい木々に囲まれて、山に囲まれている静かな街に生まれていたらと。 そんな空想に行き着くところは、ありはしない。残念ながらというべきか、ここで樵や、漁師になって生活している自分自身もまた想像できなかった。いかに想像力を逞しくしても、他人の人生だけは生きることができない。自分の人生をなんとか精一杯生きるだ けだ。どうか、明日は天気が回復しますように。